前立腺がん

大阪腎泌尿器疾患研究財団主催
第1回 市民公開講座
テーマ:前立腺の病気の話
~としをとったら仕方がない?~

その1:前立腺がん

第1部 前立腺がん
1.前立腺がんの病態と診断

前立腺がんの病態(どんな病気)

和歌山県立医科大学
原 勲

【前立腺の解剖と機能】

前立腺は膀胱の真下で尿道をドーナツ状に取り囲むように存在しています(図-1)。役割は精液を産生することです。思春期になると精巣から男性ホルモン(テストステロン)が作られるようになりますが、この男性ホルモンが前立腺を刺激することにより精液を産生するようになります。ちなみに女性では前立腺という臓器自体が存在しません。つまり前立腺は男性にしか存在しない、男性ホルモンに依存した男性特有の臓器であると言えます。前立腺がんももともとは前立腺から発生したがんであるため、正常な前立腺と同じように男性ホルモンに依存して増殖するような性質を有しています。したがって男性の体の中から男性ホルモンを枯渇させると前立腺がんはおとなしくなります。これをホルモン療法と呼んでおり前立腺がんの治療の中でも重要な位置を占めています。

【前立腺の病気にはどんな病気がある?】

前立腺の代表的な疾患には前立腺肥大症と前立腺がんの2つがあります(表-1)。どちらも50歳以降の男性で発症しやすくなるといわれています。年齢とともに前立腺は生理的に肥大する傾向があり、尿道を圧迫するようになると排尿困難などの症状がでてきます。これが前立腺肥大症ですが、良性疾患であるため進行しても他の臓器に転移するようなことはありません。前立腺肥大症の病状が進行すると尿が1滴も出なくなる尿閉と呼ばれる状態にまで発展することがありますが、このような時でも尿道から内視鏡を挿入し体の中から前立腺を切除するような手術により多くの場合は治癒が望めます。これに対して前立腺がんは悪性疾患であるため放置すると他の臓器に転移をきたします。特に前立腺がんでは骨やリンパ節に転移しやすい性質を有しています。これらのほかに前立腺の疾患には前立腺炎と言われる病気もあり急性と慢性とに分けることができます。急性前立腺炎は高熱と排尿困難を主訴とする感染症です。前立腺がんの診断では前立腺の生検を行いますが、この生検を行ったあとで急性前立腺炎を発症する場合があります。急性前立腺炎の症状は強いですが抗菌剤が奏功しやすいので適切な診断と治療を行えば予後は良好です。

【前立腺がんの疫学】

アメリカでは前立腺がんの罹患率は男性のがんでは一番高く、死亡率は肺がんに次いで2番目になっています。日本ではかつては前立腺がんの罹患率は高くありませんでしたが近年増加傾向にあります(表-2)。罹患率に関しては胃がん、大腸がん、肺がんに次いで4番目の罹患率で年間約4万3千人程度の方が前立腺がんに罹患されます。死亡率に関しては2009年の段階で約6番目となっており年間約1万人の方が前立腺がんでお亡くなりになっています。

【前立腺がんと加齢】

前立腺がんが増加傾向にある理由はいくつかありますが、ひとつは前立腺がんが年齢に依存して発症することが挙げられます(表-3)。50歳未満で前立腺がんに罹患される人はほとんどいませんが、60歳、70歳、80歳と年齢が高くなるにしたがって罹患率は階段状に上昇します。80歳代では約20縲・0%の方が前立腺がんに罹患していると推測されています。ただし80歳代で罹患されている方の多くは前立腺がんが直接の死因にはなっていません。いずれにせよ社会が高齢化してくるとそれだけで前立腺がんの罹患率は上昇します。

【前立腺特異抗原】

前立腺がん増加のふたつ目の理由として前立腺特異抗原の存在が挙げられます(表-4)。前立腺特異抗原は前立腺がんの優れた腫瘍マーカーです。腫瘍マーカーとは採血するだけでがんの存在をある程度予測することが可能な物質のことをいいます。それぞれのがんにより特有の腫瘍マーカーがあります。前立腺特異抗原の基準値は4ng/ml以下とされており、かつては10ng/ml以上の時に前立腺生検を行い前立腺がんの有無を調べていました。しかし4から10ng/mlの間でも約2割から3割の方で前立腺がんが発見されることがわかってきましたので、近年では基準値である4ng/mlを超えた場合には生検を勧めるようになってきています。前立腺特異抗原の測定を会社や地域の健康診断で取り入れるところが増加してきており、今まで見つからなかったような早期の段階で前立腺がんが見つかるようになってきたことも前立腺がん増加の一因です。前立腺特異抗原は前立腺がんの腫瘍マーカーですが、正常の前立腺においてもわずかではありますが作られています。したがって前立腺肥大症や前立腺の炎症でも上昇することが知られています。ただ正常の前立腺1グラムと前立腺がん1グラムを比較すると前立腺がんの方がずっと多くの前立腺特異抗原を産生するため腫瘍マーカーとして用いることが可能です。前立腺特異抗原の上昇で見つかるような早期の前立腺がんは症状がないことが少なくありませんが、病状が進行すると前立腺肥大症と同様に排尿困難や残尿感を自覚するようになります。また前立腺自体の症状ではなく骨に転移をきたしその痛みから前立腺がんが診断されることもあります。

【前立腺がんの悪性度と進行度】

前立腺がんのもう一つの特徴はがんの進行するスピードが個々の患者さんで大きく異なる点です。前立腺がんの診断は前立腺生検と言って直腸から針で前立腺の組織を採取し、これを顕微鏡で詳しく観察することにより診断します。さらにそのがんがどの程度悪いのか(悪性度)を個々のがんの顔つきから判断することが可能です。このがんの悪性度をグリソンスコアと呼ばれる点数をつけて評価します。グリソンスコアは5点満点で最も優勢な部分とその次に優勢な部分の2箇所で評価しその合計を示すようになっています。3+3=6や4+3=7のような表記のしかたをしますが、もっとも多いのは7点で点数が上がるにつれて悪性度が高くなります。最高は10点ですが、このようながんではすでに転移を有している可能性が高いです。前立腺がんでは病気の進み具合により3つの段階に分けて考えると理解しやすいです(図-2)。一番初期の段階はがんが前立腺内に限局する限局がんです。進行すると周囲の脂肪組織や隣接する精嚢に浸潤をきたすようになりこれを局所浸潤がんと呼んでいます。さらに進行するとリンパ節や骨に転移をきたすようになりこれを転移がんと呼んでいます。限局がんの場合は基本的にはおとなしいがんであることが多いですが、転移がんでは急速に進行する上に種々の治療法に対して抵抗性であることが多く生命の脅威になります。前立腺がんではがんの悪性度(グリソンスコア)と病気の進み具合(限局がんから転移がんまで)を参考にしながら治療方針を決めますが、両者には密接な関係があり、グリソンスコアが高くなるほど転移を起こす確率は高くなります。逆にグリソンスコアの低いがんでは進み具合はゆっくりであることが多く、場合によっては即座に治療を開始しないでしばらく様子を見るPSA監視療法といった方法を採用することもあります。

【前立腺がんと男性ホルモン】

前立腺がんの最後の特徴として発症に男性ホルモンが深く関わっていることが挙げられます。最初に述べたように前立腺はその機能維持のために男性ホルモンの存在が不可欠であり、前立腺がんも男性ホルモンから栄養をもらって増殖しています。したがって前立腺がん患者さんの体内から男性ホルモンを枯渇させると前立腺がんは増殖できなくなります。この性質を利用した治療法がホルモン療法で1940年頃に発見されました。この治療法を発見したのはハギンズというアメリカの外科医ですが、この功績によりノーベル賞を受賞しています。当時は前立腺がん患者さんの精巣を摘除することにより男性ホルモンをシャットアウトしていました。ホルモン療法は治療効果も高い上に副作用が少なく非常に良い治療法ですが、最大の欠点は効果が持続しないことです。ホルモン療法を継続していると前立腺がんが抵抗性を獲得し男性ホルモンのない状態でも増殖するようになります。こういう状態を去勢抵抗性前立腺がん(castration resistant prostate cancer: CRPC)と呼んでおりホルモン療法開始後2-3年で約50%の患者さんがCRPCに移行すると言われています。CRPCに対しては長年有効な治療がありませんでしたが、近年ではドセタキセルという抗がん剤の他にふたつの新規のホルモン製剤(エンザルタミド、アビラテロン)が使用可能になり治療の選択肢が広がりました。また若い方で前立腺がんが前立腺に限局していると推測される場合にホルモン療法を漫然と施行していると根治の機会を逸してしまいます。根治が望める患者さんでは今日では手術や放射線治療が選択されることが多いです。

【最後に】

このように前立腺がんは通常のがんとは異なる特徴をいくつか持っています。また治療法も多岐にわたりますので前立腺がんに罹患された場合には主治医とよく話し合った上でご自分に適した治療法を選択されることが重要です。

前立腺がんの診断(診察と検査)

近畿大学
吉村一宏

【検査・診断の流れ】

ここでは前立腺がんの診断のために必要な診察や検査についてご紹介致します。図-3に検査と診断の一般的な流れについてお示しします。前立腺がんを疑う患者さんを診察する場合、スクリーニング検査としてPSA(前立腺特異抗原)と呼ばれる血液検査、前立腺の触診である直腸診をおこないます。また必要に応じて経直腸的超音波(エコー)検査もおこなうことがあります。これらのスクリーニング検査で前立腺がんが疑われればがんを確定するための検査として前立腺生検(生体検査)と呼ばれる前立腺の組織を採取する検査をおこないます。この前立腺生検でがん細胞が見つかれば前立腺がんという確定診断になります。その後臨床病期診断と呼ばれるがんの進行度(広がり)を確認するための検査としてCTやMRIあるいは骨シンチといった画像検査をおこない、患者さんそれぞれの臨床病期に見合った治療法を選択することになります。

【PSA検査】

PSA(前立腺特異抗原)は前立腺に特異的なタンパク質の一種で前立腺がんが発症すればこのPSAは上昇します。血液を採取してこのPSA値を測定しますが、PSA値と前立腺がんの発見率には関係がありPSA値が高ければそれだけ前立腺がんの発見率は高くなると言われています(図-4)。また一般的にPSA値が高ければ進行した前立腺がんが見つかることが多く、臨床病期の予測にも役立ちます。PSA値の基準値を年齢階層別に設定することもおこなわれており、70歳未満の人でPSA値の基準値を低く設定することもあります。ただし前立腺肥大症や前立腺炎の患者さんでもPSAが上昇することがあり、PSA値だけで前立腺がんと診断することはできません。日本泌尿器科学会では50歳以上の男性にPSA検査を受けることを推奨しています。

【直腸診(触診)と経直腸的超音波(エコー)検査】

人指し指を肛門から挿入し、直腸の壁ごしに前立腺の状態を確認します。この直腸診では前立腺の大きさや硬さ、前立腺の弾性(はりの強さ弱さ)、前立腺表面の凹凸、触れると痛みがあるか(圧痛)などの所見をみます(図-5)。直腸診は前立腺肥大症との鑑別にも役立ちます。典型的な前立腺がんでは直腸診で石様硬と表現される硬い部分を触知します。同じように肛門から超音波探子(プローブ)と呼ばれる器械を挿入する超音波検査をおこなうこともあります。超音波検査では前立腺の大きさやがんの浸潤の有無を確認することができます。ただし超音波検査ではある程度がんが大きくなる(進行する)までは見つけることが難しく、早期前立腺がんの発見は困難です。

【MRI検査】

画像検査で早期の前立腺がんを発見するにはMRIが優れています。直腸診や超音波検査ではわからないがんでもMRIで指摘できることがあり、PSA値が高いなど前立腺がんが疑われる場合にはMRI検査をおこないます。CT検査や骨シンチ検査は前立腺以外のがんの転移を検査し臨床病期診断をつけるためにおこないます。

【前立腺生検】

前立腺がんの確定診断のための検査が前立腺生検(生体検査)です。生検では前立腺の組織を採取し、がん細胞の有無やその悪性度などを調べます。超音波で前立腺の位置を確認しながら、生検針と呼ばれる針で前立腺の組織を10~12カ所以上採取します(図-6)。検査時間は約15~30分程度です。生検による合併症としては、尿道出血、血尿、血便、血精液症、排尿障害、尿路感染症などがありますが、いずれも重篤なものではなく内服薬や注射により改善します。

【グリソンスコア】

前立腺生検ではがん細胞の有無以外にがん細胞の悪性度を調べることができます。前立腺がんの悪性度はグリソンスコアと呼ばれる基準で表されます。これは前立腺がんの腺構造と増殖パターンを調べて1番目と2番目に多い組織パターンの数字の合計で表します(図-7)。グリソンパターンは1から5までに分類され、グリソンパターン5が最も悪性度が高いことになります。例えばグリソンスコア3+4では1番目に多いパターンはグリソンパターン3で2番目がパターン4ということになります。一方グリソンスコア4+3ではパターン4が一番多いことになるので、3+4と4+3ではどちらも合計が7で同じですが、悪性度から言えば4+3の方が悪性度が高いと判断します。

【診断から治療へ】

以上のように前立腺がんの検査をおこないがんが発見されれば、臨床病期診断にしたがって治療法を選択することになります。前立腺がんは初期症状が少ないため発見が遅れがちな病気です。しかし早期に発見されれば治療の選択肢も増え根治も十分期待できるので、50歳以上の男性であればPSA検査を受けることをお勧めします。

2.前立腺がんの治療

外科療法

関西医科大学
松田公志

【はじめに】

がんが前立腺にとどまっている場合の治療法には、放射線療法や悪性度の低いがんに対するPSA監視療法(無治療で経過観察)などさまざまな方法がありますが、その中で、手術療法は75歳ぐらいまでの患者さんにとっては大変良い治療法といえます。手術の具体的な方法、危険性や合併症、治療成績、手術後の経過観察などについて解説します。

【前立腺がんに対する手術方法(前立腺全摘除術)】

前立腺がんに対する手術では、図-8に示すように、膀胱と前立腺の間、および、前立腺と尿道の間を切断して前立腺と精嚢を摘出し、膀胱と尿道を新たに吻合します。これは、前立腺の内部(内腺)だけをくりぬくように切除する肥大症に対する手術とは全く異なります。手術方法には次の3つの方法が広く行われています。

・開放手術:昔から行われてきた術式で、10㎝程度の下腹部切開で行う。
・腹腔鏡手術:2000年から開始された方法で、5-6か所の小さな傷から操作する(図-9)。
・ロボット支援手術:2012年に健康保険が適用された。

これら3つの手術方法で、治療成績(根治率)、術後の尿失禁や勃起機能の程度などに大きな差がないとされていますが、尿失禁と勃起機能ではロボット支援手術が良いとの報告もあります。手術での出血量は、腹腔鏡手術やロボット支援手術などの内視鏡手術、特にロボット支援手術が少量です。近年は、内視鏡手術が徐々に増加してきています(図-10)。


1)腹腔鏡手術の特徴
 腹腔鏡手術は、5つほどの小さな創から、細長い内視鏡と手術器具(鉗子)を挿入して、腹部に二酸化炭素を注入して(気腹と言います)腹壁を持ち上げてスペースを作り、手術操作を行います(図-9)。
腹腔鏡手術には、開放手術に比べて次のような長所があります。

・小さな創で手術操作を行うので、手術後の痛みが少なく回復が早い。
・内視鏡で骨盤の奥までよく見える。
・一般的には出血量が少ないことが多い。
 一方で、次のような短所もあります。
・手術操作がむつかしく、術者には熟練が求められる。手術時間も長くなりやすい。
・特殊な手術器具が必要で、コストが高い。

2)ロボット支援手術の特徴
 手術支援ロボット ダ・ビンチSおよびSi(図-11)は、内視鏡手術をより正確に、しかも簡単に行えるようにすることを目指して、米国で開発されました。患者カートと呼ばれる4つのアームを患者にセットし、コンソールと呼ばれる操縦席で術者がアームの動きを操作して手術を実施します。手術で行う操作そのものは、従来の腹腔鏡手術とほぼ同じです。ダ・ビンチの特長は、以下のようにまとめることができます。
・手術操作が感覚的で容易:20時間程度のトレーニングで、ほぼ自在にアームと鉗子(手術器具)を操作することができるようになります。
・手術器具の動きの自由度が高い:鉗子の先端を屈曲することができるために、理想的な手術操作を行うことができます。これまでの腹腔鏡の器具は、前後、左右、上下、回転、先端の開閉、の5つの方向でしか動かすことができなかったのに、ダ・ビンチの鉗子は、さらに、先端の屈曲、屈曲した角度を保った状態での回転、と7つの動き(自由度)があるとされています。
・内視鏡が3Dハイビジョンで立体視できる:従来の内視鏡の多くが2Dであったのに比べて、3D視野のもとで、術者が患者さんのおなかの中に入って手術操作をしているような感覚にとらわれるほど、鮮明で自然な立体視ができます。
・術者の手のふるえを消すことができる:術者の操縦部位の動きとアームの鉗子の動きの割合を調節することによって、ふるえなしに繊細な操作を行えます。

一方で、患者さんの頭を下げた姿勢(頭低位)で手術を行うので眼圧が上がる、術後腸閉塞の危険性、機械が高価、などの問題点もあります。

【手術の危険性】

手術では、一般的に、術中出血、術後肺炎、後出血、創感染、深部静脈血栓症などの合併症が生じることがありますが、前立腺全摘除術では、そのほかに以下のような合併症が発生する危険性があります。
・術後尿失禁:前立腺のすぐ尿道側に、尿が漏れないようにする外尿道括約筋がありますが、前立腺部の尿道も内尿道括約筋としての働きがあり、術後はこれが失われるので術前より尿が漏れやすくなります。外尿道括約筋と前立腺の境界はあまり明瞭ではなく、また、がんが括約筋に浸潤している場合もあります。このようなことから、術後に尿道括約筋の働きが低下して、尿失禁が生じやすいのです。当初は尿パッドが必要な方も少なくありませんが、半年程度でほとんど不要になる人が多いようです。ただし、いつまでも多量に尿失禁が持続し、追加手術(人口括約筋)が必要となる危険性もあります。一般的には、若い患者さんほど尿失禁は早期に改善するとされています。
・勃起障害:前立腺のすぐ横に勃起神経が走っているために、手術操作で神経が損傷したり、前立腺とともに切除されたりして、術後に勃起しなくなります。神経を温存することも可能ですが、術後に勃起能が維持される率は100%ではありません。
・直腸損傷:前立腺のすぐ後ろに直腸があり、手術操作で直腸に穴が開くことがあります。小さな穴なら術中に閉じれば問題ないことが多いですが、術中に気づかなかったような場合には、術後に直腸から尿が漏れる(尿道直腸瘻)状態になって、再手術が必要となることがあります。

【手術成績と術後経過観察】

1)手術成績
・手術時間:施設、術者によって相当に幅がありますが、ロボット支援手術や腹腔鏡手術では3-5時間が多いかと思われます。開放手術では、2-4時間程度が一般的です。
・入院期間:術後7日以内に尿道カテーテルを抜去し、10日目ごろに退院する場合が多いです。
・手術による治癒率(生涯再発しない率):がんの悪性度や手術する時点での広がりの程度(病期)によって異なりますが、一般的には85%程度のことが多いようです。
 ロボット支援手術の普及によって、根治率の改善とともに、術後尿失禁の改善や勃起能の維持、直腸損傷などの合併症が減ることが期待されています。

2)術後経過観察
術後は、定期的に(当初2年間は3か月ごと、その後2年間は6か月ごと、以降は1年に1回)血中PSAを測定し、がんの再発が起こっていないことを確認します。PSAが0.2ng/ml以下であればがんは根治していると判断します。PSA測定によって、根治しているか再発しているかを明瞭に判断できるのが、手術療法のよい点の一つです。
 万一、PSAが上昇して再発と診断された場合は、再発の過程、摘出した前立腺の病理組織の状態、術前の悪性度などから、局所での再発か遠隔転移かを判断し、治療を検討します。

【早期前立腺がんに対する治療法の選択のしかた】

がんが前立腺に限局している場合、手術療法か放射線療法を選択するのが一般的です。どちらを選択すべきか、迷われる患者さんが多いのが実情です。
1)手術が勧められる患者さん(図-12
 日本泌尿器科学会がまとめた「前立腺がん診療ガイドライン2012版」では、以下の条件を満たす場合、手術はその患者さんにとって適切とされています。
・75歳以下で、健康で、大きな病気を持っていない。
・がんが前立腺に限局していて、転移がないと判断される。
・PSA10以下、グリソンスコアー7以下、臨床病期T2aまで、が理想的。よりリスクの高いがんの人も対象となる。

2)放射線療法と比べた場合の手術療法の長所
PSA 0.2ng/mlときわめて早期に再発の判断ができるため、局所の再発であれば放射線療法を追加してもう一度根治の希望を持てるのが、手術療法の大きな長所です。放射線療法では、前立腺が残っているため、再発基準は治療後最低値から2.0ng/mlの上昇とされています。

放射線療法

京都府立医科大学
沖原宏治

【はじめに】

早期の前立腺がんと診断された患者さんにどのような治療法を選択されるかは、わたくしたち泌尿器科医が個々の治療法の概要を、患者本人・家族の方に説明を行い、決定をおこなってまいります。早期前立腺がんの治療の特徴は、手術療法と、放射線療法の大きな選択肢があり、放射線治療の中でも、さまざまな選択肢があります。今回は放射線治療の特色や機種の進歩のなかでの、それぞれの照射方法の違いを中心に解説してまいります。

【放射線治療の種類】

おおきく分けて、体外照射と、小線源療法(体内照射)に分類されます。体外照射とは文字どおり、体の外から回数をかけて、少しずつ前立腺、ならびに周囲も含めて照射する方法です。小線源療法とは、前立腺内部に針を穿刺して、線源を埋め込む、または放射線を照射する方法です。体外照射もいくつかの種類がありますので、後で解説いたします。
ここでよく患者さんからお聞きする質問をあげます。
質問)なぜ、放射線治療の解説は放射線科の先生ではなく、泌尿器科の先生がするのですか?
答え)我が国の放射線治療への流れは下記のとおりです。
組織診断→ 病期(どこまで前立腺がんが進行しているかを画像診断等で診断する)の確定 → 治療指針相談 (泌尿器科医担当) 上に示しますように、治療指針の相談は泌尿器科医が担当しております。従いまして、泌尿器科医が放射線治療の概要説明を行い、詳細の内容は 放射線科医に依頼するのが通常です。泌尿器科医が前立腺がんの放射線治療の概要を理解して、初めて患者さんへの正確な指針決定のお役にたつことができます。

【放射線治療の特徴・特長】

以下の点が放射線治療の特徴・特長と考えられます。
1)手術に比べて身体的な 負担が少ない
からだにメスをいれず、治療が可能であります。
2)手術が難しい高齢の 患者さんでも治療が可能
患者さんの健康状態も勘案して、放射線治療がふさわしいかを検討いたします。
3)短期入院が必要なこともあるが、原則として通院治療
通院期間として、一般的に外照射の場合は約2カ月の期間を要します。
4)痛みなどの症状緩和を目的に行うこともある
前立腺がんの遠隔転移でよくみられるのは、骨転移です。骨の痛みの緩和目的で外照射を選択する場合も少なくありません。

【照射線量と治療成績】

近年、放射線治療(特に外照射治療)の成績の向上には前立腺に照射する、照射線量(グレイ:Gy)が重要であることがわかりました。海外の報告では、総線量が72Gy以上の方と72Gy未満の方の前立腺がん患者さんの予後調査を行い、72Gy以上の線量を前立腺に照射したほうが、有意に再発の危険性が低下しております。従いまして、外照射治療の技術改良には72Gy以上の照射が可能であることが肝要です。

【外照射療法の種類】

外照射法は、前立腺だけでなく周囲の臓器にも放射線が当たります。従って、周囲への影響を最小限に抑え、放射線のエネルギーが前立腺だけに集まるように照射の方法を検討します。外照射療法の種類を古いものから新しいものの順番で下記に示します。

  • 対向2門照射
  • 対向4門照射(ボックス照射)
  • 3次元原体照射(3DCRT)
  • 強度変調放射線治療(IMRT)
  • Tomotherapy (専用装置)
  • 粒子線(陽子線・炭素イオン)照射

副作用も面も考慮して、対向2門・対向4門は70Gyが限界といわれています。
72Gy以上に線量を上げるのなら、3DCRT以下の選択肢となります。Tomotherapyとは、強度変調放射線治療の前立腺専用機器とご理解ください。
1)従来型の外照射治療(対向2門照射・対向4門照射)
対向2門照射は体の前後からまたは、左右から2方向で照射する方法です。対向4門照射は、前後左右から照射する方法で、ボックス照射ともいいます。この2つの照射方法は原則、治療計画CTではなくX線で位置をあわせていたため、直腸などのあててはならないところにもあたるリスクが高いことが問題点として指摘されていました。副作用が心配であり70Gyまでが限界でした。現在、この治療法は減少傾向にあります。
2)3次元原体照射(3DCRT)(図-13
3)強度変調放射線治療(IMRT)(図-14
IMRTの特長は、ひとつの照射方向からも、強弱のついたビームの作成が可能となった点です。強弱ビームの使用により、より前立腺に高い線量の照射が可能となり、腫瘍と正常組織の放射線量に差を付けることが出来ます。最大78Gyまで照射線量を高くすることが可能になりました。
4)粒子線治療
陽子線と炭素線(重粒子線)の2つに分類されます。体内のある一点で線量が集中、IMRTをしのぐ高い精度での照射が可能となりました。肉腫や悪性黒色腫にも有効、すなわち、従来のX線で殺せない癌にも効果ありとの報告もあります。陽子線は縮小傾向であるものの、高い建設費と敷地が必要となります。重粒子線照射の場合は、2-3方向から照射し、約1-2カ月の治療期間が必要となります。イオン源室、シンクロトロンの設備が必要であります。粒子線の特長は、体内深部でエネルギーがピークになり、がん病巣に合わせた領域に相対線量が高くなることです。また、IMRTと同様に周囲臓器への照射線量が少ないので、副作用が少なくなります。 保険適応が可能な照射は、3次元原体照射とIMRTで費用の概算として、それぞれ、50-60万円、100万-120万円程度です。粒子線治療は保険適応外で、先進医療に属しており、費用の概算は300万円前後です。

【小線源療法:ブラキセラピー】

前述のように、小線源療法は体内から照射する方法で、低線量率小線源治療と高線量率小線源治療があります。我が国では、低線量率小線源治療の普及施設が多い現状です。
1)低線量率小線源治療 (図-15
低線量率小線源治療は、純チタン製カプセルにヨウ素125を吸着させたアルミニウム ワイヤーを密封したシード線源(長さ4.5mm 直径0.8mm.)を麻酔下に会陰的に超音波で前立腺を観察しながら永久挿入する治療です。永久挿入は1度で完了します。海外の報告で、低線量率小線源治療とIMRTを比較し、再発率、副作用に関しては、低線量率小線源治療で若干再発率が低く、副作用はやや多いといわれていますが、両治療法ともに良好な治療成績です。

2)高線量率小線源治療 (図-16
高線量率小線源治療は、強い線源を一時的に体内に 留置する方法 で、手術は1日要し、治療期間は4-5日かかります。治療期間中はアプリケータが体に刺さったままです。一般的に低線量率小線源治療と比べ、侵襲は高く、早期の前立腺がんの中でも、悪性度の高い患者さんに選択されることが多いです。

【放射線療法の主な合併症】

合併症を表-5にまとめました。機械の進歩により、最近は重篤な副作用は非常に減少しておりますが、軽度の排尿、排便症状の自覚されることは、治療後、年単位で経過してもみられることがあります。ご心配なさらずに、泌尿器科・放射線科の主治医の先生にご相談なさってください。

薬物療法

大阪府立成人病センター
西村和郎

【ホルモン療法】

前立腺がんは、男性ホルモンによって成長するという特徴があります。従いまして、男性ホルモンを抑えることが治療につながります。これがホルモン療法と呼ばれるものです。男性ホルモンは体内の約95%が精巣で作られ、約5%が副腎で作られます(図-17)。精巣で男性ホルモンを作るためには下垂体からの刺激ホルモンが必要です。精巣からの男性ホルモンを抑える目的で、両側精巣を摘除(去勢)したり、下垂体からの刺激ホルモンを抑える薬剤を使用します。副腎からの男性ホルモンの作用を抑える目的でビカルタミドやフルタミドという薬剤(抗アンドロゲン剤)が使用されます。しかし、これらの2剤は副腎からの男性ホルモンの作用を十分に抑えきれないことがわかってきました。

リュープロレリン、ゴセレリン酢酸塩、デガレリスク酢酸塩はいずれもが下垂体からの刺激ホルモンを抑える薬剤です。リュープロレリン、ゴセレリン酢酸塩は1ヶ月毎、あるいは3ヶ月毎の皮下注射ですが、初回投与後、一過性に精巣から男性ホルモンが増えるために抗アンドロゲン剤を1-2週間併用することが必要になります。一方、デガレリスク酢酸塩は1ヶ月毎の皮下注射で、抗アンドロゲン剤を併用する必要がありませんが、皮下注射部位反応(赤く腫れたり、痛むこと)が問題となります。 これらホルモン療法は極めて有効で、転移がある場合でも、転移巣が小さくなることがよくあります。ホルモン療法は主に転移のある前立腺がんに対して行いますが、明らかな転移のない前立腺がんに対して行うこともあります。また、ホルモン療法単独で行うことやホルモン療法と放射線療法を併用することがあります。

ホルモン療法の副作用としては、ほてり、発汗、性機能障害、メタボリック症候群、骨粗鬆症などがあります。したがって、これらの副作用をうまくコントロールしながら、ホルモン療法を継続していくことが重要です。例えば、メタボリック症候群に対しては、食事カロリーを抑えながら、適度な運動をすることによって体重をコントロールする必要があります。骨粗鬆症に対しては、定期的な骨塩定量検査とビタミンDやカルシウムの摂取が勧められます。

【去勢抵抗性前立腺がんの薬物療法】

ホルモン療法は長期間有効なことがありますが、ホルモン療法だけで前立腺癌を根治することは一般的に困難です。長期にホルモン療法を行っていると、ホルモン療法が効きにくくなってきます(去勢抵抗性前立腺がんと呼びます)。このメカニズムとして、従来のホルモン療法で抑えきれない微量の男性ホルモンによってがんが成長したり、がん細胞の男性ホルモン受容体(男性ホルモンの受け皿)の働きが変化する(感受性が高くなる)ことが知られています。これに対して、男性ホルモンの合成を強力に抑える薬剤(アビラテロン)や男性ホルモン受容体の働きを強力に抑える薬剤(エンザルタミド)が開発されました。アビラテロンはステロイド(プレドニゾロン)と併用することが必要ですので、重い糖尿病などステロイドを使用することによって悪化する病気を持っている方には適さない薬剤です。エンザルタミドは倦怠感が主な副作用ですが、まれに痙攣(1%未満)があり注意が必要です。これらの新規薬剤は、去勢抵抗性前立腺がんに対して使用する薬剤として、2014年に日本で承認されたところです(図-18)。
それまでは、ホルモン療法が効きにくくなった場合に使用するのは主にドセタキセルという抗がん剤でした。抗がん剤として、世界で初めて、前立腺がん患者さんの生存期間を延長することが証明された薬剤です。点滴による薬剤ですが、外来通院での治療も可能です。しかし、間質性肺炎、手足のしびれ、血液中の白血球(特に好中球)が少なくなり、感染症にかかり易くなるという副作用などがあります。そのため、高齢者の場合は特に注意が必要です。
ドセタキセルが効かなくなった去勢抵抗性前立腺がんに使用できる薬剤がカバジタキセルです。この薬剤はドセタキセルと化学構造が似ている点滴薬ですが、ドセタキセルとは異なる特徴も持っています。ドセタキセルが効かなくなった前立腺がんに効力を発揮するだけでなく、手足のしびれは低頻度です。しかし、血液中の白血球(特に好中球)減少が特に問題で、感染症には十分注意する必要があります(図-19)。

【骨転移に対する薬物療法】

一方、前立腺がんは骨に転移しやすい特徴もあります。骨転移がある場合、骨が一部溶けてもろくなるため、骨を強く保つ薬剤を使うことがあります。破骨細胞という骨を溶かす働きをする細胞の活動を抑える薬剤です。例えば、ゾレドロン酸やデノスマブと言う薬剤です(図-20)。ゾレドロン酸は3-4週毎に点滴によって投与しますが、デノスマブは4週毎に皮下注射によって投与します。しかし、いずれの薬剤も、副作用として顎骨壊死(歯根部の骨組織や細胞が死滅し、腐った状態)が問題となります。このため、これらの薬剤を使用する前に歯科医の歯のチェックを受け、口腔内を清潔に保つことが必要です。
以上の様に、前立腺がんに対する薬物療法は多岐にわたり、患者さんひとりひとりによって使用する薬物は異なります。前立腺がんの広がり具合、悪性度、治療経過、前立腺がん以外の病気の状態などを考慮する必要があります。前立腺がんは他のがんと異なり、骨に転移があっても長期生存される患者さんがおられます。薬物治療の中心はホルモン療法ですが、副作用をうまくコントロールしながら、治療継続していくことが重要です(表-6)。

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