第2回大阪腎泌尿器疾患研究財団主催
市民公開講座
本当は怖い排尿のお悩み~排尿障害 前立腺がんの最新治療~
病気がわかるやさしい読本
第二部 前立腺がん
1.前立腺がんの病態
大阪大学 大学院医学系研究科泌尿器科 准教授 宮川 康
1990年 大阪大学医学部 卒業、1993年 米国国立衛生研究所 留学、1997年 国立大阪病院 医員、
2003年 米国クリーブランドクリニック 留学、2009年 大阪大学大学院医学系研究科 講師、
2014年 大阪大学大学院医学系研究科 准教授
2015年 大阪大学医学部附属病院 教授
前立腺は膀胱の下にあって、尿道を取り囲むようにして存在するクルミ大の臓器です。その主な働きは精液の一部を産生し、陰茎の勃起や射精に関わっています。そして、排尿時にも収縮したり、弛緩したりして排尿のコントロールにも関わっていることがわかっています。通常、前立腺肥大症は前立腺の内側、すなわち尿道側にある内線(移行域ともいいます)に発生する良性腫瘍であり、尿道が圧迫されやすく、比較的早期から尿が出にくい、トイレの回数が多くなる、尿をした後すっきりしないなどの自覚症状が現れます。反対に、前立腺がんは、主に尿道から離れた外側の外線(辺縁域)に発生する悪性腫瘍であり、早期では症状がでにくく、通常は前立腺肥大症の症状で病院を受診して、偶然発見されるか、人間ドックなどでの前立腺がん検診で見つかることが多くなっています。ただし、前立腺肥大症から前立腺がんに進むことはないと考えられています。
前立腺がんの特徴として、高齢男性に多いことが知られ、50歳以降、加齢とともに増加し、人工10万人あたりの患者数は70歳代では約150人、80歳以上では300人を超えています。一般に胃がんや肺がんなどに比べて進行は遅いとされていますが、放置すると徐々に進行して、いろいろな症状がでる可能性もあります。逆に、その患者さんの命に全く影響しない「意味のないがん」が比較的多いことも前立腺がんの特徴です。実際、ランテントがん(潜在がん)といって、生前、臨床的に癌の兆候が認められず、死後の解剖により初めて前立腺癌がんが確認されるような方は80歳代の4割以上あるとされています。
前立腺がんの進行度(病期)について、いわゆる早期がんとは前立腺の中にがん組織がとどまっている状態であり、限局がんすなわちステージIおよびIIと呼ばれます。ひとたび、前立腺がんが前立腺の外に広がると局所浸潤がん、ステージIII、リンパ節や骨、周囲臓器に広がると転移がん、ステージIVと呼ばれます(図1)。前立腺がんの症状は限局がんではほとんど無症状であり、あっても前立腺肥大症に伴う排尿障害が主体となります。がんが転移すると腰痛など転移した先の臓器の痛みなどがでます。ステージIVの転移部位は圧倒的に骨が多く、全体の約8割5分を占めます。次いで、リンパ節への転移が多く、4割弱となっています。
前立腺がん罹患患者さんは近年増加の一途をたどっています。特に欧米諸国では非常に多くみられ、アメリカでは男性のがんの中で、罹患数第1位、死亡率第2位となっています。我が国でも、泌尿器がんの第1位、すなわち最も増えているがんの一つであり、2020年の東京オリンピックイヤーには男性のがんの罹患数の第1位になるといわれています(図2)。また、死亡者数も年々増加の一途をたどっており、1990年では年間3500人、2010年には年間1万人を超えています。さらに、前立腺がんは 人種による差が認められ、各国の死亡率を比較すると、西欧で高くアジアで低いといわれています。いずれにせよ、前立腺がんが増加している要因として、1)社会の高齢化、2)食生活の欧米化(動物性脂肪の摂取量が増加)、腫瘍マーカーであるPSA検査の普及など診断法の進歩があげられます。まとめると、いわゆる前立腺がんの危険因子として、高齢化、遺伝・家系、人種、食生活、そして性生活もかかわっているといわれています。現在、前立腺がんを予防する確実な手立てはありませんが、原則、適度な運動で、肥満を避けることが大事といわれます。
まとめますと、1)前立腺がんは、世界中で増加している、2)わが国でも、罹患数、死亡数ともに増加傾向にある、3)前立腺がんの増加の背景には、「高齢化」、「食生活の欧米化」、「診断法の進歩(PSA検査の普及)」が関係している、4)前立腺がんの危険因子が、複数見つかっており、特に適度な運動とダイエットは前立腺がんにいい影響をもたらす可能性があります。
2.前立腺癌の外科療法について
大阪医科大学 泌尿生殖・発達医科学講座 泌尿器科学教室 診療准教授 稲元 輝生
1998年 大阪医科大学 卒業、2004年 東京大学医科学研究所 先端医療センター 客員研究員、
2006年 米国M.D. Anderson Cancer Center泌尿器科ポストドクトラルフェロー、
2008年 大阪医科大学泌尿生殖・発達医科学講座 泌尿器科学教室 助教、
2001年 大阪医科大学付属病院 外来長、2012年大阪医科大学泌尿生殖・発達医科学講座 講師、
2014年 大阪医科大学泌尿生殖・発達医科学講座 泌尿器科学教室 診療准教授
本邦での前立腺癌に罹患する方の数は、増加しています(図1)。欧米ではすでに罹患数は頭打ちになっていて、本邦でも同様の経過をたどりつつあります。そのため、根治治療のひとつである手術を受けられる患者様の数も年々増加していると言えます。国内外で数々の著名人が前立腺癌に対する手術を受けられたことで、この手術の名前が世間に広く知られる一助になりました。
前立腺癌には、病期分類があります(図2)。手術の適応になる方は、前立腺癌が前立腺の外に広がっていない方です。しかし、場合によっては転移がない状態であることを確認できた場合には術前・術後のホルモン療法を取り入れつつ局所進展しつつある方にも手術が行われる場合があります。
1990年になり前立腺とその周囲組織の詳細な解剖が明らかとなったことで、より正確な手術が可能になりました。同時に出血の量を減らす技術や機械が多く考案され、勃起のための神経温存の技術も盛んに試みられるようになりました(図3)。 今では一般的には開腹手術・腹腔鏡手術・ロボット補助下手術の3種類の方法が行われていて、ロボット補助下手術の占める割合が年々増加傾向にあります。
前立腺癌の手術では、前立腺のすべてと、精管の一部・左右の精嚢・膀胱頚部・尿道を一塊にして摘出します。そのため、射精はできなくなります。また、尿道括約筋といわれる排尿に関わる筋肉近くに手術操作が加わり尿失禁になる場合があることが問題となりますが、近年の技術の進歩で尿失禁となる患者様は減りつつあります。
本邦でもここ数十年は恥骨後式の根治的前立腺全摘除術と言われる開腹手術が一般的に行われてきました(図5)。この術式は、実は尿失禁の程度も少なく、ある程度、成熟した手術方法として発展を遂げたといえます。
開腹手術技術が成熟した領域に達したように思えた1997年にフランスの医師が中心となって腹腔鏡の手術が考案され、ヨーロッパと日本などを中心に広く行われるようになりました。日本では2006年4月より保険診療となりました(図3・図6)。
現在、世界的に広く行われるようになったダビンチ(da Vinci)とは米国の会社で開発された手術を支援するロボットです。当初は軍事技術の応用として発展しました。1999年からヨーロッパで医療機器として使用が認められ、2000年にアメリカでも医療機器としての使用が認められました。我が国では2009年になって医療機器として認可がおりました。そして2012年4月から、前立腺癌に対する手術が保険医療として認められています。
それでは、どの手術方法が最も優れているのでしょうか。大規模な症例数の解析からロボット手術は尿禁制の面では抜きん出た成績があると報告されています。ただし癌のコントロールという面では、開腹も腹腔鏡手術も洗練された執刀医が行うと良好な成績を収めることが分かっています。
3.前立腺癌の薬物療法
近畿大学 医学部泌尿器科学教室 准教授 野澤昌弘
1993年 東北大学医学部 卒業、 1993年 大阪大学医学部泌尿器科 入局、
2000年 大阪大学大学院医学系研究科修了 医学博士、2000年 米国立衛生研究所研究員、
2006年 近畿大学医学部泌尿器科 講師、2016年 近畿大学医学部泌尿器科 准教授
1.ホルモン療法
前立腺癌の薬物療法はホルモン療法と抗がん化学療法に大別することができます。前立腺癌細胞の大部分は男性ホルモンを栄養源にして増殖します。すなわち、精巣由来のテストステロンおよび副腎由来のアンドロゲンにより前立腺癌細胞の増殖が促進されます。
前立腺癌治療におけるホルモン療法とは、男性ホルモンの働きを抑えて前立腺癌細胞の増殖を抑制する全身的治療法です。身体への負担が比較的少なく、多くの患者さんに有効なので進行癌には年齢にかかわらず第一選択の治療法となります。早期癌でも手術や放射線療法などの根治的治療の補助・併用療法として行われることもありますし、あるいは重篤な合併症や高齢などの理由から根治的治療が施行できない患者さんにも選択されます。
ホルモン療法の種類としては、男性ホルモンの分泌を抑制するものと、男性ホルモンの作用を抑制するものに分類することができます。テストステロン分泌を抑制する目的で精巣摘出手術を行うこともあります。精巣摘出手術のかわりに定期的に外来通院にて皮下注射(性腺刺激ホルモン放出ホルモン・アゴニストまたはアンタゴニスト)を行うという方法もあります。この皮下注射は、脳の下垂体に作用して性腺刺激ホルモンの分泌を抑えることにより、精巣からのテストステロン分泌を抑制します。
男性ホルモンの作用を抑制する方法としては、内服薬(抗アンドロゲン剤)を毎日、服用します。通常、男性ホルモンが前立腺癌細胞に作用するためにはアンドロゲン受容体に結合することが必要です。抗アンドロゲン剤は前立腺細胞内にあるアンドロゲン受容体に先回りして結合することで男性ホルモンの作用をブロックします。
ホルモン療法としては、性腺刺激ホルモン放出ホルモン・アゴニストまたはアンタゴニストの皮下注射単独療法あるいはこれに抗アンドロゲン剤の内服を併用する治療方法が行われます。
ホルモン療法の代表的な副作用としては、ほてり、性機能低下、女性化乳房、肝機能障害等が挙げられます。
2.再燃
ホルモン療法は多くの前立腺癌患者さんに効果的ですが、数か月から数年が経過することにより効果がみられなくなり、癌細胞が再び活発に増殖をはじめることがあります。これを再燃と呼びます。再燃すると血清PSA値が再び上昇し始めます。再燃が起こる機序としては、ホルモン療法を長期間続けることによりホルモン療法に対して感受性のある癌細胞は減少しますが、ホルモン療法に耐性を有する前立腺癌細胞が増殖してくるためと考えられています。ホルモン療法により血中テストステロンが去勢レベルまで低下しているにもかかわらず前立腺癌細胞が増殖してくる段階を去勢抵抗性前立腺癌と呼びます。
3.去勢抵抗性前立腺癌の治療法
抗アンドロゲン剤を服用中に再燃した場合は、抗アンドロゲン剤を中止することによりPSAが低下することがあります。これを抗アンドロゲン剤除去症候群と呼んでいます。あるいは抗アンドロゲン剤の種類を変更すること(抗アンドロゲン剤交替療法)によりPSAが低下することがあります。
しかしながら、通常、去勢抵抗性前立腺癌に対しては抗がん化学療法が必要となることが多いといえます。タキソイド系とよばれる抗がん剤が用いられます。1回につき1時間半くらいの点滴で、これを3~4週間毎に繰り返します。外来通院による点滴治療が可能です。副作用としては、嘔気・食欲低下・脱毛・むくみなどが挙げられます。がんによる痛みを緩和する効果も認められています。
近年、新規の抗がん剤が開発されました。やはりタキソイド系に分類される点滴薬ですが、第一世代のタキソイド系薬に対して耐性を示す細胞にも有効であることが証明されました。外来通院による治療が可能ですが、第一世代のタキソイド系薬に比較して、白血球(好中球)減少の程度が大きいため、発熱や感染症により注意が必要となります。
また、新規のホルモン療法薬も2種類が開発されました。ひとつは、第二世代の抗アンドロゲン剤と呼ばれるもので、従来の抗アンドロゲン剤と異なり、癌細胞の増殖に関わる経路を複数阻害することにより、より強力に男性ホルモン作用をブロックすることができます。もうひとつは、アンドロゲン合成酵素阻害薬と呼ばれるもので、男性ホルモン合成に関与する酵素を阻害することにより、より強力に男性ホルモンの産生を抑えます。いずれも内服薬です。去勢抵抗性前立腺癌に対して、抗がん剤治療の前の段階でも、あるいは第一世代のタキソイド系抗がん剤に対して抵抗性となった段階でも有効であることが証明されました。副作用としては、第二世代の抗アンドロゲン剤では、倦怠感や食欲不振など、アンドロゲン合成酵素阻害薬では肝機能障害やむくみなどが挙げられます。また、後者ではステロイド薬との併用が必須となります。
4.骨転移病巣に対する薬物療法
骨転移病巣は病的骨折や脊髄圧迫などの合併症を引き起こすおそれがあります。これらを予防する目的で薬物療法を行うことがあります。ビスホスホネート製剤と抗RANKL抗体製剤があります。前者は1回約15分程度の点滴治療、後者は皮下注射です。いずれも破骨細胞の働きを抑えることによって効果を発揮します。低カルシウム血症を引き起こすことがあるのでビタミンDとカルシウム製剤を併用します。また、合併症として顎骨壊死が挙げられますので、可及的事前に歯科受診を済ませておき、また、投与中も口腔内の状態に注意しておくことが必要です。
4.前立腺がんの診断(診察と検査)
近畿大学 医学部泌尿器科 教授 吉村一宏
1986年 和歌山県立医科大学卒業、1986年 大阪大学医学部泌尿器科、
2003年 大阪大学大学院医学系研究科(泌尿器科)講師、
2009年 近畿大学医学部泌尿器科 准教授、2014年 近畿大学医学部泌尿器科 教授
検査・診断の流れ
ここでは前立腺がんの診断のために必要な診察や検査についてご紹介致します。図1に検査と診断の一般的な流れについてお示しします。前立腺がんを疑う患者さんを診察する場合、スクリーニング検査としてPSA(前立腺特異抗原)と呼ばれる血液検査、前立腺の触診である直腸診をおこないます。また必要に応じて経直腸的超音波(エコー)検査もおこなうことがあります。これらのスクリーニング検査で前立腺がんが疑われればがんを確定するための検査として前立腺生検(生体検査)と呼ばれる前立腺の組織を採取する検査をおこないます。この前立腺生検でがん細胞が見つかれば前立腺がんという確定診断になります。その後臨床病期診断と呼ばれるがんの進行度(広がり)を確認するための検査としてCTやMRIあるいは骨シンチといった画像検査をおこない、患者さんそれぞれの臨床病期に見合った治療法を選択することになります。
PSA検査
PSA(前立腺特異抗原)は前立腺に特異的なタンパク質の一種で前立腺がんが発症すればこのPSAは上昇します。血液を採取してこのPSA値を測定しますが、PSA値と前立腺がんの発見率には関係がありPSA値が高ければそれだけ前立腺がんの発見率は高くなると言われています。また一般的にPSA値が高ければ進行した前立腺がんが見つかることが多く、臨床病期の予測にも役立ちます。PSA値の基準値を年齢階層別に設定することもおこなわれており、70歳未満の人でPSA値の基準値を低く設定することもあります。ただし前立腺肥大症や前立腺炎の患者さんでもPSAが上昇することがあり、PSA値だけで前立腺がんと診断することはできません。日本泌尿器科学会では50歳以上の男性にPSA検査を受けることを推奨しています。
直腸診(触診)と経直腸的超音波(エコー)検査
人指し指を肛門から挿入し、直腸の壁ごしに前立腺の状態を確認します。この直腸診では前立腺の大きさや硬さ、前立腺の弾性(はりの強さ弱さ)、前立腺表面の凹凸、触れると痛みがあるか(圧痛)などの所見をみます。直腸診は前立腺肥大症との鑑別にも役立ちます。典型的な前立腺がんでは直腸診で石様硬と表現される硬い部分を触知します。同じように肛門から超音波探子(プローブ)と呼ばれる器械を挿入する超音波検査をおこなうこともあります。超音波検査では前立腺の大きさやがんの浸潤の有無を確認することができます。ただし超音波検査ではある程度がんが大きくなる(進行する)までは見つけることが難しく、早期前立腺がんの発見は困難です。
MRI検査
画像検査で早期の前立腺がんを発見するにはMRIが優れています。直腸診や超音波検査ではわからないがんでもMRIで指摘できることがあり、PSA値が高いなど前立腺がんが疑われる場合にはMRI検査をおこないます。CT検査や骨シンチ検査は前立腺以外のがんの転移を検査し臨床病期診断をつけるためにおこないます。
前立腺生検
前立腺がんの確定診断のための検査が前立腺生検(生体検査)です。生検では前立腺の組織を採取し、がん細胞の有無やその悪性度などを調べます。超音波で前立腺の位置を確認しながら、生検針と呼ばれる針で前立腺の組織を10~12カ所以上採取します(図2)。検査時間は約15~30分程度です。生検による合併症としては、尿道出血、血尿、血便、血精液症、排尿障害、尿路感染症などがありますが、いずれも重篤なものではなく内服薬や注射により改善します。
グリーソンスコア
前立腺生検ではがん細胞の有無以外にがん細胞の悪性度を調べることができます。前立腺がんの悪性度はグリーソンスコアと呼ばれる基準で表されます。これは前立腺がんの腺構造と増殖パターンを調べて1番目と2番目に多い組織パターンの数字の合計で表します(図3)。グリーソンパターンは1から5までに分類され、グリーソンパターン5が最も悪性度が高いことになります。例えばグリーソンスコア3+4では1番目に多いパターンはグリーソンパターン3で2番目がパターン4ということになります。一方グリーソンスコア4+3ではパターン4が一番多いことになるので、3+4と4+3ではどちらも合計が7で同じですが、悪性度から言えば4+3の方が悪性度が高いと判断します。
診断から治療へ
以上のように前立腺がんの検査をおこないがんが発見されれば、臨床病期診断にしたがって治療法を選択することになります。前立腺がんは初期症状が少ないため発見が遅れがちな病気です。しかし早期に発見されれば治療の選択肢も増え根治も十分期待できるので、50歳以上の男性であればPSA検査を受けることをお勧めします。
5.放射線療法
京都府立医科大学 泌尿器外科学教室 准教授 沖原 宏治
1989年 京都府立医科大学医学部医学科 卒業、京都府立医科大学泌尿器科入局
1999-2001年 アメリカ合衆国テキサス大学M.D.Anderson癌センター客員講師
2004年 京都府立医科大学泌尿器科学教室 講師、2014年 京都府立医科大学泌尿器科学教室 准教授
はじめに)
早期の前立腺がんを診断された患者さまにどのような治療法を選択されるかは、わたくしたち泌尿器科医が個々の治療法の概要を、患者本人・家族の方に説明を行い、決定をおこなってまいります。早期前立腺がんの治療の特徴は、手術療法と、放射線療法の大きな選択肢があり、放射線治療の中でも、さまざまな選択肢があります。今回は放射線治療の特色や機種の進歩のなかでの、それぞれの照射方法の違いならびに併用療法の有用性を中心に解説します。
放射線治療の種類)
放射線治療の種類は、体外照射と、小線源療法(体内照射)に分類されます。体外照射は、体の外から回数をかけて、すこしづつ前立腺、ならびに精嚢も含めて照射する方法です。小線源療法とは、前立腺内部に針を穿刺して、線源を埋め込む、または放射線を照射する方法です。体外照射もいくつかの種類があります。
ここでよく患者さんからお聞きする質問をあげます。
質問)なぜ、放射線治療の解説は放射線科の先生ではなく、泌尿器科の先生がするのですか?
我が国の放射線治療への流れは下記のとおりです。
組織診断→ 病期(どこまで前立腺がんが進行しているかを画像診断等で診断する)の確定 → 治療方針相談 (泌尿器科医担当)
治療指針の相談は泌尿器科医が担当しております。具体的には、泌尿器科医が放射線治療の概要説明を行い、詳細の内容は 放射線科医に依頼するのが通常です。泌尿器科医が前立腺がんの放射線治療の概要を理解することで、患者さんへの正確な指針決定のお役に立つことができます。
放射線治療の特徴・特長)
以下の点が放射線治療の特徴・特長と考えられます。
1)手術に比べて身体的な 負担が少ない。からだにメスをいれず、治療が可能であります。
2)手術が難しい高齢の 患者さんでも治療が可能
患者さんの健康状態も勘案して、放射線治療がふさわしいかを検討いたします。
3)短期入院が必要なこともあるが(主に小線源治療)、原則として通院治療で可能です。通院期間として、外照射の場合は約2カ月の期間を要します。
4)痛みなどの症状緩和を目的に行うこともある
前立腺がんで遠隔転移でよくみられるのは、骨転移です。骨の痛みの緩和目的で外照射を選択する場合も少なくありません。
照射線量と治療成績)
近年、放射線治療(特に外照射治療)の成績の向上には前立腺に照射する、照射線量(グレイ:Gy)が重要であることがわかりました。海外の報告では、総線量が72Gy以上の方と72Gy未満の方の前立腺がん患者さんの予後調査を行い、72Gy以上の線量を前立腺に照射したほうが、有意に再発の危険性が低下しております。従いまして、外照射治療の技術改良には72Gy以上の照射が可能であることが重要です。
外照射療法の種類)
外照射法は、前立腺だけでなく周囲の臓器にも放射線が当たります。従って、周囲への影響を最小限に抑え、放射線のエネルギーが前立腺だけに集まるように照射方法が開発されてきました。現在普及している治療法を紹介します。
1)3次元原体照射(3DCRT)
従来の照射法との違いは、CTを用いて治療計画を行うことにあります。主に前立腺の場合は4門以上の多門照射で行います。マルチリーフコリメータという、器具を用いて、前立腺の形に照射野をつくることが可能になります。照射線量とてしては72Gy程度が限界と考えられてます。2門、4門照射と対比し、様々な方向から様々な形状の照射野で照射出来る様になりましたが、3次元原体照射の弱点は、腫瘍・正常組織ともに均一に当たることにあります。
2)強度変調放射線治療(IMRT) (図1)
IMRTの特長は、ひとつの照射方向からも、強弱のついたビームの作成が可能となりました。強弱ビームの使用により、より、前立腺に高い線量の照射が可能となり、腫瘍と正常組織の放射線量に差を付けることが出来ます。最大78Gyまで照射線量を高くすることが可能になりました。
3)粒子線治療
陽子線と炭素線(重粒子線)の2つに分類されます。体内のある一点で線量が集中、IMRTをしのぐ高い精度での照射が可能となりました。肉腫や悪性黒色腫にも有効、すなわち、従来のX線で殺せない癌にも効果ありとの報告もあります。陽子線は縮小傾向であるものの、高い建設費と敷地が必要となります。重粒子線照射の場合は、2-3方向から照射し、約1-2カ月の治療期間が必要となります。イオン源室、シンクロトロンの設備が必要であります。粒子線の特長は、体内深部でエネルギーがピークになり、がん病巣に合わせた領域に相対線量が高くなることです。また、IMRTと同様に周囲臓器への照射線量が少ないので、副作用が少なくなります。
保険適応が可能な照射は、3次元原体照射とIMRTで費用の概算として、それぞれ、50-60万円、100万-120万円程度です。粒子線治療は保険適応外で、先進医療に属しており、費用の概算は300万円前後です。
小線源療法:ブラキセラピーの概要)
前述のように、小線源療法は体内から照射する方法で、低線量率小線源治療と高線量率小線源治療があります。我が国では、低線量率小線源治療の普及施設が多い現状です。
1)低線量率小線源治療 (図2)
低線量率小線源治療は、純チタン製カプセルにヨウ素125を吸着させたアルミニウムワイヤーを密封したシード線源(長さ4.5mm 直径0.8mm.)を麻酔下に会陰的(股ぐら)から超音波で前立腺を観察しながら永久挿入する治療です。永久挿入は1度で完了します。海外の報告で、低線量率小線源治療とIMRTを比較し、若干、再発率、副作用は低線量率小線源治療がそれぞれ、低く、高いといわれてますが、両治療法ともに良好な治療成績です(治療を要するような排尿・排便に関する合併症の頻度はそれぞれ、1-2%, 0-1%程度です)。
2)高線量率小線源治療 (図3)
高線量率小線源治療は、強い線源を一時的に体内に 留置する方法 で、手術は1日要し、治療期間は4-5日かかります。治療期間中はアプリケータが体に刺さったままです。一般的に低線量率小線源治療と比べ、侵襲は高く、早期の前立腺がんの中でも、悪性度の高い患者さんに選択されることが多いです。
併用療法の有効性)
ここでよく患者さんからお聞きする質問をあげます。
質問)治療成績をより良くするために、外照射と小線源治療または放射線治療と内分泌療法(ホルモン療法)を併用できないのですか?
海外から、転移はありませんが悪性度の高い前立腺がん症例(高リスク症例)に対して、手術、外照射、低・高線量率小線源療法、内分泌療法の単独あるいは併用の治療成績の数多くの論文をまとめた報告があります。その結果、再発していない比率の比較で、外照射+低線量率小線源療法と、外照射+低線量率小線源療法+内分泌療法の組み合わせが良好な成績でした。
放射線療法の主な合併症 )
合併症を表1にまとめました。機械の進歩により、最近は重篤な副作用は非常に減少しておりますが、軽度の排尿、排便症状の自覚されることは、治療後、年単位で経過しましてもみられることがございます。ご心配なさらずに、泌尿器科・放射線科の主治医の先生にご相談なさってください。