第4回大阪腎泌尿器疾患研究財団主催
市民公開講座
腎泌尿器疾患で知っておいてほしいこと
第二部:前立腺がんの診断
男性更年期障害とその対策
関西医科大学腎泌尿器外科 松田公志
男性にもある更年期障害
50歳以降の女性に、体がだるい、急に火照る、動悸がする、元気が出ない、うつ症状などの更年期障害のあることは良く知られていますが、中年以降の男性にも更年期障害のあることがわかってきました。これは、加齢によって男性ホルモンが徐々に低下することによって、さまざまな症状が出るものです。通常は、「こころ」と「からだ」の症状に性機能の低下が(図1)。生活の質を低下させるだけでなく、いろいろな臓器に悪影響があることも重要なポイントです。
男性ホルモンの働きと加齢による変化
男性ホルモンは、主に精巣(睾丸)で作られます。思春期に声変わり、ひげ、陰毛の発育、性器の発育などの二次性徴が発現するために必要なホルモンで、精子を作る、勃起するなどの男性としての機能のために重要です。それとともに、骨を強くする、筋肉の肥大、赤血球を作る、体への脂肪の沈着を抑えるなど、男性としての体全体を作るうえでも重要な働きをしています。また、積極性などの男性らしい考え方にも関係していると考えられています。このホルモンは、脳の働きによって脳下垂体から性腺刺激ホルモンが出て、精巣の細胞を刺激して作られますので、ストレスが強いと低下する傾向があります。
男性ホルモンは、加齢とともに低下することが知られています。閉経後の女性のように全く出なくなることはなく、個人差が大きいのも特徴です。男性ホルモンが低下すると、人によっては更年期障害の様々な症状が出てくるのです。
男性更年期障害の診断
まず、40歳以上の男性で、更年期障害に特有の「こころ」と「からだ」、性機能の症状があることが診断のきっかけになります。ほかに重大な病気(癌や臓器障害など)のないことも大切です。次に、午前10時くらいまでに血液を採取し、男性ホルモンを測定します。測定法には全体(総テストステロン)と部分(遊離テストステロン)を測定する方法がありますが、可能であれば両方測定して、判断をするのが望ましいと思います。総テストステロンは、正常下限が3.4ng/ml、遊離テストステロンは8.5pg/mlとされています。これらの値より低いようなら、男性更年期障害の疑いが強くなります。しかし、実際には軽度のうつ病と見分けるのは大変むつかしいのが実情ですし、原因不明の耳鳴や発汗との区別も容易ではありません。そこで、男性ホルモンが低いようなら、注射で男性ホルモンを補充してみて、症状が改善するか確かめることになります。男性ホルモンを投与して、症状が改善すれば、それらの症状は男性ホルモンの低下によって生じていたことが証明され、男性更年期障害と判断されます。症状が改善されなければ、うつ病など、他の原因による症状と考えることになります。
これまで、男性更年期障害のような症状で受診した人のうち、男性ホルモン(遊離テストステロン)が低値であったのは48%、そのうち男性ホルモンが有効であったのは56%でした。
排尿障害について、まとめますと、1)下部尿路症状(排尿障害)は60歳以上のかたの約8割に認める、2)男性でも女性でも夜間頻尿の困窮度が高く、女性は腹圧性尿失禁にも困っている方が多い、3)希に膀胱腫瘍などの怖い病気が潜んでいることに注意する、4)通常は痛い、恥ずかしい検査はありませんので、安心して泌尿器科を受診することが大事だと考えます。
男性更年期障害の治療
男性ホルモンの投与は通常は3週間に1回の注射(筋肉内注射)で始めます。3回行って症状が改善するなら、半年ほどをめどに3-4週間ごとに注射を継続します。注射で男性ホルモンを補充している間に、年齢とともに低下してきた男性ホルモン値に見合った生活様式、仕事量、ストレスの回避法などを身に着けるように心がけていただきます。これまでは多くの患者さんでは半年で注射を終了し、その後経過を見ていますが、再び症状が悪化する人はさほど多くありません。
男性ホルモン補充療法の副作用には、多血症(血が濃くなりすぎる)、睡眠時無呼吸症候群の悪化、女性化乳房、にきびなどがありますが、重篤なものは少ないです。前立腺癌があると悪化する恐れがあり、あらかじめ血液検査でPSAを確認する必要があります。また、前立腺癌に対して内分泌療法を行っている患者さんには、男性ホルモン投与は禁忌です。
更年期の過ごし方
前立腺肥大症とその対策
京都府立医科大学 浮村理
前立腺肥大症は、男性の排尿障害の原因の主たる病態で、その頻度は年齢とともに高くなり、50歳ごろより増加します。組織学的な前立腺肥大は、30歳代から始まって60歳以上では過半数の方々にみられますが、そのすべての方が治療を必要とする症状を伴うわけではありません。前立腺の物理的な増大にともなう尿道の機械的閉塞と、前立腺肥大を構成する筋組織の収縮に伴う機能的な尿路閉塞、二次的に生じる膀胱の機能障害などが複雑に関係して、尿の排出傷害(「尿の勢いが弱い」、「尿が出始めるまでに時間がかかる(尿を出したくでもなかなか出ない)」、「尿が分かれる(尿線が分かれて出る)」、「排尿の途中で尿が途切れる」、「尿をするときに力まなければならない」)、畜尿傷害(「尿が近い」、「夜に何度もトイレに行く」、「トイレまで間に合わないで漏らしそうになる」)・排尿後の症状(「残尿感」、「尿が終わったと思って、下着をつけると尿がぽたぽたと出てきて下着が汚れる」)などの症状を来たし、生活の質に影響を及ぼすことに成るので、その場合には治療を必要とします。すなわち、前立腺肥大によって起こる症状がどの程度か、またどれくらい生活の支障となるかが治療の適応に大切な基準であり重要です。
前立腺が肥大する原因はまだはっきりとは解明されていません。しかし、「男性ホルモン」が関与しており、肥満、高血圧、高血糖、脂質異常など、メタボリック症候群との関係も指摘されています。
膀胱内に尿が充満しているにも関わらず、尿が出せない苦しい状態となった場合、これを「尿閉」と呼び、前立腺肥大による尿道閉塞が高度なほど起こりやすく、尿閉が起きた場合の多くが、薬物治療だけでは完全には治らないので、外科的処置の対象になると考えられています。また、飲酒や風邪薬の服用が尿閉を引き起こす要因として頻度が高いことが知られています。
急に尿意をもよおして、漏らしそうになる症状を尿意切迫感とよび、頻尿を伴うものを過活動膀胱といいますが、前立腺肥大症の患者さんではしばしば過活動膀胱を合併します。過活動膀胱では、膀胱の神経が過敏な状態で、まだ膀胱に十分尿が貯まっていないのに、尿意を感じたり、膀胱が勝手に収縮してしまうことが原因と考えられています。過活動膀胱を伴った前立腺肥大では、治療方針が慎重に専門医によって判断されます。
前立腺肥大に関連する排尿症状のある患者さんの専門的診療における検査としては、自覚症状の評価(症状質問票や生活の質の質問票)、直腸内指診、尿検査、超音波による残尿測定、血清PSA(前立腺特異抗原)・血清クレアチニン値の測定、前立腺超音波検査、排尿日誌、尿流測定(ウロフロメトリ)、尿流動態検査、などがあり、これらを基に、前立腺肥大症の治療の適応を判定します。
治療を、大別すると、生活指導を含む保存的治療、薬物治療、手術治療があります。前述したように前立腺肥大による排尿症状を引き起こす理由として、いくつかのメカニズムが考えられ、それらのメカニズムを改善する薬剤を単独あるいは組み合わせた治療を行います。ひとつは、生活習慣の改善であり、水分の取り方(水分量やタイミング)、排尿に悪影響を及ぼす薬剤や刺激物(利尿作用のあるアルコールやカフェインを含む飲み物の取り方など)の摂取の指導、トイレにいくタイミングの指導などの生活指導が最優先されます。次に薬物治療として、大きく分けて2種類の薬剤が広く用いられています。ひとつは、前立腺平滑筋の緊張を緩めて、機能的に圧迫を解除して、尿を通りやすくする薬剤であり、もうひとつは、前立腺の肥大には男性ホルモンが関与していますが、この男性ホルモンの前立腺に対する作用を抑えることにより、前立腺を実質的に小さくして肥大による物理的な圧迫を軽減する薬剤です。
薬物治療を行っても、症状の十分な改善が得られない場合や、前述したような尿閉を繰り返す場合、あるいは、尿路閉塞が原因で、二次的に膀胱結石ができたり、残尿が多量であることから腎機能障害が発生した場合には外科的治療が行われます。外科的治療には、開腹手術によって肥大した前立腺を摘出する比較的侵襲度の大きい伝統的な方法もありますが、近年は、尿道から内視鏡を挿入して行う低侵襲的手術が行われることがほとんどです。最近では、各種のレーザーの特性を生かした、新しい内視鏡的低侵襲手術が普及しています。
夜間頻尿とその対策
滋賀医科大学 河内明宏
夜間頻尿とは夜間に排尿のために1回以上起きなければならないという訴えで、下部尿路症状のうち最も多く、40歳以上の男性の71.7%、女性の66.9%が訴えると報告されています(図1)。また下部尿路症状のうち生活の質に最も影響を及ぼす症状の一つです。臨床的には2回以上が問題となり、寝不足はもとより転倒による骨折のリスクがこの症状によって高くなると報告されています。また3回以上の夜間頻尿を有する高齢者は2回以下の高齢者に比べ、生存率が有意に低いとの報告もあります。
夜間頻尿の原因は尿の量が多くなる多尿、膀胱に溜める尿の量が少なくなる膀胱蓄尿障害、睡眠障害の3つが主なものと考えられ、これらが重なり合っている場合もあります(図2)。診断としては排尿の時間と量などを24時間記録する排尿日誌が最も重要です(図3)。多尿はこの排尿日誌により診断されます。多尿は1日の尿量が多い状態ですが、夜間の尿量のみが多い夜間多尿という状態もあります(表)。多尿の定義は1日の尿量が40ml/kg以上とされ、50㎏の体重の人なら2000ml以上が多尿になります。また睡眠中の尿量が多い夜間多尿は、高齢者の場合は1日の尿量の1/3以上が睡眠中に出る場合を言います。膀胱蓄尿障害は通常は昼間の症状も伴います。1日の排尿回数が8回以上は異常と考えられ頻尿と呼びますが、これも排尿日誌で判断できます。夜間頻尿とともに頻尿がある場合は過活動膀胱や前立腺肥大症などの泌尿器科的疾患の可能性があるため、専門的な検査が必要となってきます。睡眠障害に関しても不眠症のみでなく睡眠時無呼吸症候群など隠れた疾患がある可能性もあり、専門医の診断が必要です。
治療に関してはそれぞれの原因に対する治療となり、多尿、夜間多尿において水分摂取が多すぎる場合には生活指導のみで改善することもあります。また、多尿、夜間多尿の原因疾患として心不全、腎疾患、肝疾患なども考えられ、思わぬ重症疾患が発見されることがあります。また、過活動膀胱や前立腺肥大症などは投薬で改善する可能性があります。たかが夜中にトイレに起きるだけと考えずに一度専門医を受診されることをお勧めします。
過活動膀胱とその対策
和歌山県立医科大学 柑本康夫
過活動膀胱とは?
過活動膀胱とは、膀胱が過敏になり、自分の意思に反して収縮してしまう病気です。英語ではOAB(overactive bladder)といいます。急に我慢できない強い尿意をもよおし、もれそうになる「尿意切迫感」が主な症状で、人によっては、トイレに間に合わずもらしてしまう「切迫性尿失禁」がみられることもあります。また、トイレが近い(日中8回以上)、夜中に何度もトイレに起きる(夜間1回以上)といった「頻尿」や「夜間頻尿」もみられます。
日本人で過活動膀胱にかかっている人は、40歳以上の12.4%、すなわち8人に1人と推定されています。40~50歳代で5%前後、60歳代で約10%、70歳代で約20%、80歳代で約35%と、年齢とともに増加する傾向にあります(図1)。実際の患者さんの数は810万人で、このうち約半数の方には切迫性尿失禁もみられています。
原因と診断
過活動膀胱の原因は、神経のトラブルによって起こるものと、それ以外のものに分けられます。脳出血、脳梗塞、パーキンソン病などの脳の障害や、脊髄損傷、多発性硬化症などの脊髄の障害によって、脳と膀胱をつなぐ神経回路が正常に働かなくなると、膀胱に尿をためる機能をうまくコントロールできなくなるのです。こうした神経のトラブル以外にも、女性では加齢や出産による骨盤底筋の障害、男性では前立腺肥大症が原因となる場合や、加齢によるもの、さらに原因がはっきりしない場合もあります。
病院では、最初に過活動膀胱症状質問票(OABSS)という簡単な質問票を用いて症状を確認します(図2)。質問3の点数が2点以上で、かつ全体の合計点が3点以上であれ
ば、過活動膀胱が強く疑われます。5点以下は軽症、6?11点は中等症、12点以上は重症と判定されます。また、排尿のトラブルの特徴や原因を把握するために、排尿日誌に1日の排尿した時刻と排尿量を記録してもらうこともあります。診断で重要なポイントは、過活動膀胱と似た症状を来すことのある他の病気(膀胱炎、膀胱結石、膀胱癌、前立腺癌など)がないかを確認することです。症状があるからといって、自分で勝手に過活動膀胱と思い込まずに、病院を受診して、尿検査、血液検査、腹部超音波検査などを受けましょう。また、過活動膀胱に尿が出にくいという排尿障害を伴っていることもあるため、残尿の有無も評価する必要があります。
過活動膀胱の対策
過活動膀胱の治療は「薬物療法」が中心になりますが、患者さんの行動を変えることによって、膀胱のコントロールを改善しようという「行動療法」も重要です。
① 行動療法:尿意をもよおしても我慢することによって排尿間隔を長くしていく「膀胱訓練」や尿道を締める筋肉を鍛える「骨盤底筋訓練」などがあります(図3)。また、過剰な水分、アルコールやカフェインの摂取を控えることや、トイレが近い生活空間や着脱しやすい服装を工夫するのも有用です。
② 薬物療法:膀胱の過度な収縮を抑えて尿をたくさん溜められるようにする「抗コリン薬」がよく使用されます。前立腺肥大症を伴った男性では、「α1遮断薬」が処方されることもあります。薬物療法には、口渇、便秘、排尿困難などの副作用もありますので、お薬についてよく説明を受けて十分に理解しておくことが大切です。
③ その他:電気や磁気で刺激を与えて、骨盤底筋の収縮力を強め、膀胱や尿道の神経のはたらきを調整する「電気(磁気)刺激療法」があります。副作用もなく、効果も良いと言われていますが、治療を受けることのできる施設が限られています。
さいごに
過活動膀胱は命に関わるような病気ではありませんが、あなたの生活の質を低下させてしまいます。年だからとあきらめずに、かかりつけ医や泌尿器科医にご相談ください。