第5回大阪腎泌尿器疾患研究財団主催
市民公開講座
第一部:腎がん・膀胱がん・前立腺がん
腎癌治療の現状と展望
神戸大学 藤澤 正人
腎癌に対する治療には、大きく分けて手術療法と薬物療法がある。腎癌の病気の進行の程度によって治療方針が決められる(図1)。
腎癌の大きさが7cm以下のものは通常、部分切除術、それ以上になると腎摘除術を行う。周囲の臓器への浸潤がある場合は、合併切除を行います。また、転移がある場合でも切除可能な場合は腎摘除を行い、薬物療法を行う。切除不可能な場合は、薬物療法を行う。腎癌の手術療法には、腎部分切除と根治的腎摘除がある。前述のように腎部分切除か根治的腎摘除かの選択は、がんの進行度合いにより決定される。
実際の手術方法は、従来のおなかを大きく切る開腹手術に加え、1990年頃から腹部に小さな穴を開けて内視鏡や手術器具を挿入し、モニターに体内の様子を映して手術を行う腹腔鏡手術が導入された。さらに、最新技術として注目されるのがロボット支援腎部分切除術であり、2016年4月から保険適用となった。ロボット支援腎部分切除術では、手術支援ロボットのアームを遠隔操作して行う。
従来の腹腔鏡手術で使用する医療器具は単純な動作しかできなかったが、手術支援ロボットでは多関節鉗子を有するため切開や縫合など繊細な作業も容易になり、内視鏡下でより正確にがん組織を切除できるようになった。腎部分切除術により腎癌の根治切除と腎機能を温存することができる。一方、薬物療法には分子標的治療薬や免疫療法薬が導入されている。
分子標的薬は、癌のある特徴的な物質のみを狙い撃ちして癌の増殖を抑え、かつ新しい血管やリンパ管の形成を抑え他臓器への転移を抑えます。一方、免疫療法薬は、細胞を攻撃するT細胞の働きを活性化し腫瘍の増殖を抑え、分子標的薬を凌ぐ効果が得られています。ただ、特殊な副作用の出現が見られ、治療効果も2~3割であることを知っておくべきである。今後、さまざまな、薬の組み合わせにより従来に比べてさらに高い生存率が期待される。
膀胱がん治療の現状と展望
近畿大学医学部泌尿器科 吉村一宏
膀胱がんはどんな病気?
膀胱に発生するがんは90%以上が尿路上皮癌と呼ばれるがん細胞からできています。そのほか患者さんの数は少ないですが、扁平上皮癌、腺癌、小細胞癌、未分化癌といったタイプの癌細胞も見られます。好発年齢は70歳台で、40歳未満での発症はまれです。また高齢になるほど発生頻度、死亡率が高くなると言われています。男女比でみると男性の方が発症しやすく、女性に比べ約3倍膀胱がんになりやすいとされています。
また膀胱がんは喫煙との因果関係が明らかにされており、喫煙者は非喫煙者に比べ約3倍膀胱がんになりやすいと言われています。45年以上の長期喫煙者では非喫煙者の7.2倍膀胱がんのリスクが高くなるとされています。喫煙歴があるだけでリスクは2倍になるとも言われています。そのほかある種の鎮痛消炎剤、抗がん剤、漢方薬といった薬剤が膀胱がんの原因になることが知られています。
さらに職業として有機溶剤、アスファルト、タール、漆、石炭などを扱う人では、長年の職業的曝露により膀胱がんのリスクが4~5倍になると言われています。
膀胱がんのタイプ・分類
膀胱の中を内視鏡で観察する膀胱鏡の所見により、膀胱がんは乳頭状タイプ、結節状タイプ、平坦タイプに分類することができます。また病理所見により、膀胱壁の中にある筋層まではがん細胞が浸潤していない①筋層非浸潤性癌、逆に筋層までがん細胞が浸潤している②筋層浸潤性癌、粘膜の中にがん細胞がとどまっている③上皮内癌の3つに大きく分類されます(図1)。
膀胱がん治療の選択について
膀胱がんに対する治療は大きくわけて、手術療法、抗がん剤による薬物療法、放射線療法があります。手術療法には膀胱を摘出せず膀胱を温存する内視鏡による手術療法と膀胱を摘出する治療法の2つがあります。膀胱がんの治療は臨床病期(ステージ)により、単独あるいはいくつかの治療法を組み合わせておこなわれます。
筋層非浸潤性癌では膀胱がんを内視鏡で切除する経尿道的膀胱腫瘍切除術(TUR-BT)という手術療法がおこなわれます(図2)。
この治療法では膀胱を摘出しませんが、膀胱がんの再発が問題となり、術後も定期的に膀胱鏡検査を受ける必要があります。筋層浸潤性癌では標準治療として膀胱を摘出する膀胱全摘除術がおこなわれます。以前は下腹部を切開して膀胱を摘出する開腹手術がおこなわれていましたが、最近では腹腔鏡手術やロボットを用いた内視鏡手術をおこなう施設も出てきています。また膀胱全摘除術の前あるいは後に抗がん剤治療を組み合わせることもあります。
膀胱全摘除術をおこなった場合、尿をからだの外に排泄するために尿路変向術と呼ばれる手術を同時におこないます。尿路変向術にはいろいろな術式がありますが、大きくわけて失禁型尿路変向術と非失禁型尿路変向術の2つがあります(図3)。
薬物療法について
筋層非浸潤性癌に対して経尿道的膀胱腫瘍切除術をおこなった後や病理検査で上皮内癌と診断された場合、上皮内癌の治療や筋層非浸潤性癌の再発予防のために膀胱の中に薬剤を注入する膀胱内注入療法という治療法がおこなわれます。膀胱内に注入する薬剤としては抗がん剤やBCGがあり、1週間に1回の注入療法を複数回繰り返します。
抗がん剤を用いた薬物療法(点滴治療)は、①転移のある患者さん、②膀胱全摘除術を予定している患者さんで、術前に抗がん剤治療をおこなう場合(術前化学療法といいます)、③膀胱全摘除術後にがん細胞が残っている可能性のある患者さん、④経過観察中に転移がでてきた患者さん、などが対象になります。
抗がん剤のおもな副作用としては、食欲不振、吐き気、嘔吐、脱毛、白血球減少、血小板減少、腎機能障害、末梢神経障害などが知られています。また2017年12月からは、がん免疫療法の薬剤として、免疫チェックポイント阻害剤という薬剤がわが国でも保険適応となりました。この薬剤は抗がん剤が効かなくなった患者さんで使用することができます。3週間に1回、薬剤を点滴する治療スケジュールを繰り返します。
放射線療法について
放射線療法だけで膀胱がんを治療(根治)することは、現時点では難しいのが実状です。薬物療法(抗がん剤)と組み合わせた治療法や痛みのある箇所に放射線を照射するということがおこなわれています。
今後の展望
現在尿路上皮癌に対する新しい薬物を使った臨床試験がいくつか行われています。近い将来、上述の免疫チェックポイント阻害剤と抗がん剤、あるいは新規の薬物を組み合わせた治療法がわが国でも広くおこなわれることが期待されています。
前立腺がんの治療の現状と展望 -病態と診断-
関西医科大学 腎泌尿器外科 木下秀文
1.前立腺と前立腺がん
前立腺は骨盤の深い位置にある栗の実くらいの大きさの臓器で、男性にしかないものです。ペニスと膀胱の間にあり、膀胱にたまった尿は、前立腺の真ん中の通路(前立腺部尿道)を通ってペニスから出ます。働きは精液を作ることです(精子は精巣で作られます)。前立腺には、2つの重要な病気があります。
1つは前立腺肥大症で、もう1つが前立腺がんです。前立腺肥大症は良性疾患で、尿の出具合に関係します。前立腺がんは、胃がんや乳がん、肺がんと同じ悪性の病気です。
2.前立腺は男性ホルモン(テストステロン)依存性に成長します
男性が、男性らしく成長し、活動するためには男性ホルモン(テストステロン)が必要です。前立腺は男性特有の臓器ですが、前立腺の成長にもテストステロンが必要です。前立腺細胞から発生する前立腺がん細胞も、そのほとんどは男性ホルモンに依存して、大きくなります。このようながんをホルモン依存性がんと呼び、女性の乳がん、男性の前立腺がんが有名です。この性質は、薬物治療にも応用されています。
3.前立腺がんの頻度
前立腺がんは急激に増加しています。以前は、比較的少なかったのですが、日本人が長生きになったことや、食生活の欧米化などにより増加しています。この数年間では、毎年9万人前後が前立腺がんにかかり、1万1千―2千人が前立腺がんで死亡しています。数年先には男性のがんの1位になると推定されています。
前立腺がんにかかるのは高齢男性が多いという特徴があります。50-55歳に比べて70歳以上では30倍も増えるというデータもあります。
4.前立腺がんの症状
他の前立腺がんの特徴として、初期(早期)には症状が出にくいことがあります。高齢男性の多くは、前立腺肥大症になっているので、尿が出にくかったり、頻尿(尿の回数が多い)だったりしますが、前立腺肥大症の症状なのか、前立腺がんの症状なのか全く区別がつかないのです。前立腺がんが進行して転移を起こした場合、背中や骨盤の骨への転移が多く、背中や腰の痛みが起こります。
腰痛なども誰にでも起こる症状ですが、注意深く調べると前立腺がんの転移が原因であった、というようなこともあります。
5.前立腺がんの可能性を知るために血液検査(PSA)を
特に、早期前立腺がんは、特徴的な自覚症状がほとんどないため、ご自身で、積極的に前立腺がんを見つける努力をすることが大切です。しかし、安心してください。前立腺がんの可能性は血液検査(PSAという腫瘍マーカー)で知ることができます。市民検診などでも(市町村によってはオプションとして)測定可能です。
PSA 4ng/mL以上で癌の可能性が高くなります。4 -10ng/mLで40%程度、50ng/mL 以上では80-90%で前立腺がんが見つかります。PSAは癌か非癌かの判定だけでなく、進行度も推測できます。PSA 50ng/mL以上の場合には、すでに何らかの転移がある可能性が高いです。
6.がんの確定診断には前立腺生検
PSAだけでは、前立腺がんの確定診断はできません。組織診断(前立腺生検)が必要です。前立腺生検は、肛門から、あるいは肛門の近くの会陰部と言われる皮膚から、エコーで見ながら、前立腺に針を刺して前立腺組織を採取する検査です。簡単な麻酔をして行います。1日程度の入院をする施設が多いと思います。採取した組織を顕微鏡で見てがんかどうか確定診断をします。
前立腺がん治療の現状と展望 ‐治療法‐
大阪大学大学院医学系研究科器官制御外科学講座(泌尿器科学) 野々村祝夫
前立腺がんの治療は、転移のないケースに対する根治的な治療と転移がある場合の薬物療法に大別されます。転移のない場合には、根治が望める治療として、手術療法、放射線療法の二つが保険で受けられる治療として広く行われています(図1)。本講演では、根治的な治療である、手術療法と放射線療法についてお話しいたしました。
手術療法はロボット(ダビンチシステム、図2)を用いた鏡視下手術が普及しており、出血も少なく以前よりも随分患者さんの回復が早くなりました。
術後の合併症として、性機能障害や腹圧性尿失禁が一般的で、尿失禁に関しては失禁用のパッドが必要な患者さんが約10%位おられます。また、尿の禁制(漏れないこと)については、年齢的な要因がかなり大きいと考えられます。また、禁制の回復(パッドが要らなくなる)は術後約半年くらい経ってからで、1年くらいかかる場合もあります。
放射線治療としては、最も一般的に行われているのが外照射といわれるもので、通院で約7週間かかります。本年度からは粒子線治療が保険収載され、2週間程度の治療期間で行う事ができますが、限られた数少ない施設においてのみ実施可能です。また、最近ではサイバーナイフといわれる特殊な放射線治療も一部の施設で行われており、約1週間で治療ができます。
これら外照射以外に、組織内照射治療として、前立腺無いに放射性物質を包埋した小さな金属針(5mm位)を多数埋め込んで内側から低線量照射する方法や、前立腺に針を刺したままの状態で3日ほど掛けて高線量を当てる方法があります。放射線治療の合併症は、周囲の臓器である膀胱や直腸に放射線が当たることによっておこる炎症で、膀胱炎(頻尿、血尿、排尿時痛など)や直腸炎(血便、下痢など)です。
薬による治療や処置が必要になる事が10%程度有ります。おおむね治療効果は同等でありますが、患者さんの生活様式や合併症の有無などによって治療法を選択しています。